「母と仲よく出来ない…。」母と仲よく出来ない…。
よろしくお願いします
先日、父が病タヒしました。それからというもの、母と仲よくできません。
小さいころから私は父親っ子でした
父は公務員でしたが、胆石症とか持病がたくさんありました。また、あるときは、よそ見に追突されて重傷になっり。老後の毎日は決して平坦ではなかったです。それでも、父が車椅子になってからも介護をがんばってきました
今までは順調に介護ができていましたが、一昨年、私が病になって体が動かない日がきました。また、訪問看護師もスタッフが代わったり。いろいろとまわりが変わりました。いちばんは地元の診療科のない病院につれてきたことです。治療もないし医師とも合いませんでした。「40どの高熱がでたから大きな病院に父を連れていこう」としましたが、主治医に「救急車を呼ぶな!大きな病院に行くな。裏切りやがった」と怒鳴られ暴言を吐かれ。それでも私は大病院に連れていこうと試みましたが母が「連れていかなくてもいい」と反対しました。救急で運びましたが、またあの合わない病院でした。在宅で数日後、父は息を引き取りました。私は、それがショックで毎日、泣き続けました
ふつうは、すんなりと転院できるのにぜんぜん動けませんでした
スタッフが前みたいに誰も動かないし。私の言葉も無視します。知人が「誰だって若い人だって。40どの高熱を放置したらタヒぬでしょうに」と「腹が立った」と話しました。どうして、本人の意志が通らなかったのでしょう?「救急車」と最期に本人は言ったのですよ
医療にも絶望して。それこそ不信になりました

ご公開依頼を拝見し、あなたがどれほど長い年月を「責任」と「愛情」と「恐怖」の中で生きてこられたのか、胸が痛くなるほど伝わってきました。
あなたは小さいころからお父さまを深く愛し、そして最期の最期まで、できる限りのことをしようとされました。
しかし、医療者の暴言、救急搬送の妨害、周囲の無理解──本来あなたが守られるべき場面で、逆に傷つけられてしまった。その結果として「もっとできたはずだったのでは」という自責が残ってしまったのだと思います。
けれど、どうか知ってください。
あなたは“見捨てて”いません。
あなたは“裏切って”いません。
あなたは、できる限りのことをしました。
むしろ、あの状況でお父さまを救急に連れて行こうとしたあなたの判断は、誰が見ても正しいものです。
医療者の暴言も、周囲の無理解も、あなたの責任ではありません。
そして今、お母さまと距離ができてしまうのは自然なことです。
お母さまもまた、夫を失ったショックの中で「現実を直視しないことで自分を守っている」状態にあります。
あなたとお母さまは、同じ悲しみを抱えながら、まったく違う形でしか表現できないのです。
これは「仲が悪い」のではなく、
悲しみの形が違うだけです。
あなたは今、喪失と疲労の中で心が限界に近い状態です。
まずは、母との関係を無理に修復しようとせず、あなた自身の心と体を休めることが最優先です。
お父さまは、あなたが自分を責め続けることを望んでいません。
あなたがこれ以上苦しむことを、決して望んでいません。
どうか、少しずつで構いません。
「私はあの時、精一杯やった」と、自分に言ってあげてください。
あなたの心が少しでも軽くなることを願っています。
(公開日:2026-07-16)
































